心臓の手術

 あゆむの健康を語るとき、手術のことは避けて通れない。

 生後一週間で、小児科の先生から「心臓に穴が開いている。半年以内に手術が必要」と告げられ、結局、4か月後の8月29日に手術をすることになる。

f:id:DownssyndromePapa:20201024142634j:plain

 病名は心室中隔欠損。左心室(全身にきれいな血液を送り込む部屋)と右心室(全身から戻ってきた汚い血液を肺に送り込む部屋)の間の壁に穴が開き、血液が混ざってしまう病気だ。ダウン症の子に限らずわりとよくある病気で、小さな穴の場合は自然に閉じてしまうことも多いとか。あゆむの場合は穴の直径が1cm近くあり、パッチを当てて穴をふさぐ必要があった。

 まず自分たちが取りかかったのが、情報収集。手当たり次第に友人知人に相談して、おおよそのあたりを付けた。それから病院ランキングも参考にした。

 心臓の手術の場合、数がものをいう世界で、成否のカギは何例手術の経験があるかにかかってくる。また、大人の心臓病と、子ども(ほとんどが乳幼児)の心臓病ではかなり性質が異なるため、子どもの手術を年間どのくらいこなしているかが重要になってくる。

 そして最後は、自分の目で確かめに行った。実際に病院に足を運び、スタッフの対応から、病棟の様子、入院のシステム等も直接話を聞いた。最終的に決めたのが、府中にある循環器専門のS病院。自分たちにとって、何よりあゆむにとって最良の選択だと判断したからだが、途中で揺れもした。手術に失敗は許されない。

 執刀医にとっては何例もあるうちの一つにすぎなくとも、自分たちにとってはたった1人の子ども。どんなに小さなリスクでも、できうる限り排除し、考えられる最高の条件で手術に臨みたいと願った。

 で、どんな手術を受けたかというと…、胸を開いて、心臓を止めて、血液を人工心肺に回して、その間に心臓も開いて、そして中隔に開いた穴をパッチ(布のようなもの)で塞ぐ、というもの。書いているだけでくらくらしてくるけれど、それを体重4㎏に満たない乳児に施すというのだから、とんでもない話だ。

 ちょっとでも手元が狂って、大切な血管を傷つけたらどうする?人工心肺が止まっちゃって、脳に酸素が行かなくなったらどうする?院内でウイルスに感染して、それが心臓に回ったらどうする?輸血した血液がもとで、別の病気になったらどうする?看護師さんがミスって、点滴を間違えたらどうする?手術中に地震が来て、停電になったらどうする?どうする?どうする?…。

 くだらない質問から、めんどくさい質問まで、主治医の先生はよく我慢して付合ってくれたと思う。どんなに質問しても不安が完全に解消されることはないけれど、ただ、これだけ一生懸命に考えてくれて、こんなに良くしてくれる人たちになら、任せてもいいかなと、最後は思えた。

 

 そして手術の日を迎える。

 その日はとってもいい天気で、妻の実家から義母、義姉が、自分の方は父親が付き添いに来てくれた。あゆむの手術は朝一番。八時過ぎには眠り薬を飲まされて、お気に入りの羊のぬいぐるみユキちゃんと一緒に、手術室の扉の向こうに消えていった。

 それにしても、生まれて半年もたたないあゆむがこんなに大変な経験をしているのに、自分は大したこともしてやれない。せめてそばについていて、寂しさや不安を少しでも和らげてあげたいと思った。朝一番だったけれど、手術の待合室はほかにも付き添いの家族がいて、どの顔も祈るように真剣そのもの。自分たち家族も、少しばかり世間話もしたけれど、結局考えるのはあゆむのこと。考えれば考えるほど、悪い方に思考は向かう。

 

 上手くいくのかなあ。失敗したらどうしよう。

 上手くいかなかったらどうしよう。失敗したらどうしよう。

 

 そうこうしているうちに、あっという間に手術は終わった。「広岡あゆむくんのご家族の方いらっしゃいますか」。若い看護師さんが手術室から出てきた。「では、お父さんとお母さんだけ、手術室にお入りください」。

 ベットの上に、あゆむがいた。

 全身から管が伸び、口は酸素チューブで塞がれ、手足を固定されて、あゆむがいた。なんて痛ましい…。でも、本当によく頑張ったね。その時の写真はないのだけれど、脳裏にしっかりと焼きついている。きっといつまでたっても、あゆむの痛ましい姿は鮮明な絵となって甦ってくるのだろう。そう、生後たった4か月しかたたないあゆむが、生きる力を証明して見せてくれた、その事実とともに。